張本氏のコメントに思わず首をかしげたくなってしまった

日曜朝8時からのサンデーモーニングでお馴染みのプロ野球OBの張本勲氏が韓国にルーツを持つのはよく知られていますが、親の代かそれ以前か知りませんが随分前に日本に帰化しもはやれっきとした日本人なのですが、先日のACLでの浦和対済州戦での暴力事件に関しての発言を聞くと彼のハートの大部分はまだほとんど韓国においてきたままのように思えました。
初めに暴力を振るったのは韓国チームの方なので悪いのは韓国だろうと思えるにもかかわらず、あたかもそれを触発してしまった日本が悪いみたいな言い方をするので驚いたわけでした。もしかして反日ではないかとと。
ですからお宅はホントに日本人なのかって問いただしてみたい気分になりました。
張本氏は韓国政府から成功者に与えられる大勲章までもらってる人なのですから、韓国に対する思い入れは強いとは思いますが、日本人が怪我させられたり、逃げ回わるシーンを見せられても、そもそも日本が悪いみたいなコメントをよく言えるものだと不思議でなりません。

深夜に子猫が私の部屋の窓台に登って窓に何かしていた

昨夜、就寝すると鈴の音がします。
久しぶりに子猫が深夜に私の部屋にやってくるのかなと思っていたらその通りで暗い部屋で目を凝らすと子猫が歩いて来ます。
私のベッドで寝るのだろうかと見ていると気配がなくなりどうしたのかなと思いましたが、おそらくはベッドの下に潜り込んでいたのでしょう。
そして再び気配がするようになったら私の枕元を歩き窓台に登っていきました。
立ってその窓の鍵に前脚をかけた様子を見たり、カーテンで見えないところで窓を引っかいたりする音を聞いたりして何をしているのだろうと思いました。
窓台から降りようとするので、前に母と妹に子猫が布団に入ろうとする話しを思い出し、掛け布団を上げて入るよう促したら無視されて部屋を出て行かれます。
布団の中であれは一体何だったのだろうと思い返すと、降った雪が積もり、街灯の光をその雪が反射して夜でも明るくなる日というのがその子猫にとって初めての日なので興奮しているのではないかと考えました。
それからも何度か私の部屋を出入りしており、いつもと違うその様子に確信を深めました。

多彩釣れたときは完璧!!趣味のバスフィッシング

皆さん、バスフィッシングという釣りはご存じですか??知っているかたも多いと思いますが今回はバスフィッシングについてお話しさせていただきたいと思います。
そもそも風呂という魚は外来原材料でルアーフィッシングの代表的な目的魚として釣りをやる人物には誰でも判る魚だ。
ですが最近では日本にいらっしゃる在来原材料を食べてしまうなど問題にされてしまっています。私的には悪徳風呂が悪いのではなく元は性格が日本に持って来た魚なので性格側にも問題があるのでは、、、と最近は思っています。
悪徳風呂自体は凄いカワイイ魚でルアー(模倣仕掛け)で釣るのにこれに生まれ変わる魚はいないです。釣れたときのフィーバー第六感とビックリはかなりのものです。
どうにか在来原材料と両立させることはできないタイプなのでしょうか、、、

これから釣りを始められる人物や子供達の為にも釣り場景況を大切にし、これから悪徳風呂が幻の魚にならないよう釣り場の景況汚染周辺がもたつくように屑拾いなど低いところから頑張ろうと思います。
I LOVE バスフィッシング!!

幼い頃から悩まされていた花粉症が治った話

さて、タイトルにもありますが私は幼い頃からずっと花粉症に悩まされていました。
春頃はしょっちゅう病院に通い、外出するときにマスクとティッシュは手放せませんでした。
ものごころついた頃には花粉症でしたのでうまく付き合っていくこともできましたし、
病院代がかかることを除けば日常生活に大きな支障もなく過ごしていました。
そのまま年を重ね、高校生になり、大学生になりました。
少し話が逸れますが学校や勉強が大嫌いでした。
高校は出席さえしていれば卒業できるのでやめたい、やめたいと思いつつもなんとか卒業することができましたが大学はそうもいかないのです。
頻繁に課されるレポートや先輩から過去問をもらわなければ挑めないような難しいテスト。
やる気を出さなければ進級も難しい大学は自分には合わないと考え、退学することにしました。
ずっとバイトしていた居酒屋でそのままフリーターとして働き始めました。
ここで花粉症の話に戻ります。
よく「花粉症は一度なったら治らない」と言いますよね。
なんと治ったんです。
抱えていた肌荒れも解消したことから、学校というストレスが原因だったのかなあと考えています。
治るんです。花粉症。
皆さんの中でもし花粉症の方がいらっしゃいましたら、一度ストレスや生活を見直してみてはどうでしょうか。

私は現在、寺社仏閣巡りにハマっています。

寺社仏閣巡りにハマっています。
散歩がてらにふらっと行くもよし、催し物(お祭りや写経会等)に合わせて行くもよし。
お香の匂いに包まれて、神仏の前で手を合わせると心が落ち着いてすっきりします。
寺社周辺は緑が豊かなところも多く周囲を散策すれば運動不足の解消にもなります。
その場所の名物を食べに行くのも小旅行のようで楽しいですね。
あとオススメはご朱印集め。専用のご朱印帳(寺社で販売されているものが良質ですよ)が1500〜2000円程、ご朱印は3〜500円で頂けます。寺社によって個性豊かですし、日時も書き入れて頂けるので参拝の思い出にぴったりです。
お気に入りのご朱印帳が少しずつ埋まっていくのを見ると、とても嬉しくて帰ってからも楽しいですよ。
ただし、場所によってはご朱印をやっていない所があることと、お寺と神社のご朱印を混ぜて集めるのがマナー違反にあたる場合があるので要注意です。予め神社用とお寺用と分けておくことをおすすめします。

周囲を気にしていないと思わぬトラブルになるかも

それほどビクビクすることはありませんが、至るところで人に迷惑をかけないように注意したいものです。
何気なく取った行動でも、人に迷惑をかけてしまうことがあったりします。
いろいろなことに対して注意を払うということを忘れないようにしたいです。
というのも、先日、突発的な事故ではありますが、バス停で盛大に雨水をかけられてしまいました。
私の前に女性が一人バスに乗り込んだのですが、私の目の前で傘をたたんで、思いっきり水を払ったのです。
おそらく後ろに人がいないと思ったのかもしれません。
しかし、これから仕事に向かうというのに、私の服は傘から飛んできた水によって派手に濡れてしまいました。
例えば、大きなキャリーケースを持って駅の中を移動するときや、慣れない場所で車を運転する時にも注意しておきたいものです。
もしかしたら、後ろの人に迷惑をかけているかもしれないという意識がないと、トラブルになることもありそうですよね。

これだけは負けないと思うことが見つけられない自分

今日は友達と自分がこれだけは負けないと思えるような得意なことは何だろう?ということを話していました。
これだけは負けないくらい得意なこと…残念ながら私は探してみても見つかりませんでした(笑)。
他の人はお菓子作りが得意とかヒーリングをするのが得意とか言っていたのですが、私はこれだけは凄いよと言えることが何もないのが悲しくなりました。
一応趣味自体はありますが、趣味でこれに関しては詳しく知っているという物も何もないですし、絵も描いたりしますが下手です。
小学生の頃は上手いと言われていましたが、賞を取ったことなんてのも殆どありませんでしたし、ネットに出てみれば上手くて評価されている人もゴロゴロいる世界です。
私が今他の誰よりも負けないことと言われたら、父親を強く憎んでいる気持ちくらいしか思い浮かばないですね。
これって最悪ですよね(笑)。だって今まで母にして来たことが許せないのですから、こんなゆがんだ考えしか思い浮かべることが出来ないのです。
いつか負けないことがちゃんと見つけられるようになったらいいなと思います。

田舎だから空襲はないと思っていた子供のころの私。

もうすぐ終戦記念日ですが、私はこの季節になるといつも祖父母に聞いた戦争当時の話を思い出します。
私の実家は昔、裏手が畑になっていたのですが、畑の一角に不自然に土が落ち込んだところがありました。
不思議に思い、どうしてあそこだけボコッと土が落ちているの、と祖母に聞くと、あそこは戦争のころ、防空壕だったと教えてくれたのです。
私の実家は関東の片田舎です。
それまで、空襲というと大都市のイメージしかなかった私は驚いたのですが、祖母は「とんでもない。田舎だろうと、空襲はあった。爆撃機がしょっちゅう上空に飛んできて、爆弾を落としたんだ」と言いました。
祖母曰く、爆弾が近くに落ちたときの音というのはそれまで聞いたことのないような恐ろしい音だったそうで、まるで雷が二つ三つ、いっぺんに落ちたような心地だったとのことでした。
のどかな田舎でも、都市部と変わらない空襲の恐怖があったということを、子供だった私は本当に意外に感じましたし、当時の日本は本当にどこへ行っても、戦争の恐怖から逃れることはできなかったのだということを初めて実感しました。
月日は流れて祖父母はなくなり、あの防空壕も埋め立てられてなくなってしまいましたが、終戦記念日が近づくたびに戦争を思わせるものを連想し、あの防空壕と祖母の話を思い出します。サラ金 金利 比較

愛しのあの子は電車が遅れているみたいでした

愛しのあの子とのSNSでやりとりぃーー。珍しい時間にやりとりできるもんだなぁーと思っていたら、あの子の乗る電車が人身事故で遅れていたみたいで、その待っている時の暇つぶし的なことだった。それって、どうなんだろぉーーと、また考え始めてしまう自分。
彼がどの程度、周りとのやりとりをしているのかは分かりかねるけれども、そこで私のことを思い出してくれたというだけでも、ちょっとは彼の中での自分のポジションは上がっているのか?そんな風にポシティブに考えるようにしようと思う。
で、案の定、そのうち途絶えてしまったやりとりでした。終わり頃になると、もう返ってくるのが言葉が少なくなってくるので、なんとなく分かりやすいといえば分かりやすい。返ってくるだけでもありがたいと思わないといけないなぁーと反省しておきました。彼とはこれくらいの距離感くらいでいるのが一番いいんだろうと思うようになってきたことはいいことなのか、悪いことなのか判断しかねる自分でした。

昔から言われているナースとはこのことです

ありがたい事に、こちらはカップル目線を懐妊しました。好ましい気持ちでたっぷりだったのですが一気に、厳しいつわりがはじまりました。最初の時も、まずまず苦しいつわりだったのですが今回はさらに厳しく連日点滴に医者に通っていました。日毎吐き続けなにも喉を通らず懐妊初期の我々は心中がボロッボロでした。何故妊娠してしまったのだろうとおもう事もありました。しかし、連日おなじような雰囲気でつらみたいに医者に通っても不快面持ち仲間せず各回背中をさすってくれたり、頑張ろうねと声をかけてくれたり、終わりはくるからと禿げましてくれた自身がいました。男子なら最高の男子ですが(笑)男子ではなく、それは医者のナースさんでした。あの、つらい場合やさしく笑って声をかけ一所懸命ヘルプをできるカタチを肌で感じると「エンジェル」にみえました。ナースを言う用語がはたしてピッタリだと感じました。がんらい健康な体のこちらだったのでぜんぜん病院にかかることなく生きてきました。ですから、一層ナースというみなさんに相当感動しました。苦しい場合手厚くされるとくらし私のキャリアには残りそうです。ほんと、これがひとり暮しだったらナースさんを好きになってしまって仕舞ういきおいです。懐妊中になにオモシロ言動考えてるんだろうって話ですけどね。